2017年01月04日

エゼキエル書34 ふたたび、実演による預言(エゼキエル書11章24節〜12章7節)



 また、霊が私を引き上げ、神の霊によって幻のうちに私をカルデヤの捕囚の民のところへ連れて行った。そして、私が見たその幻は、私から去って上って行った。(エゼキエル書11章24節)
そこで私は、主が私に示されたことをことごとく捕囚の民に告げた。(25節)

 エゼキエルは捕囚の民の間に戻って行きましたが、また新たな預言をするのです。

 ついで、私に次のような主のことばがあった。(エゼキエル書12章1節)
 「人の子よ。あなたは反逆の家の中に住んでいる。彼らは反逆の家だから、見る目があるのに見ず、聞く耳があるのに聞こうとしない。(2節)

 神が、エゼキエルの口に新たな預言を授けられたのは、エルサレムのまぼろしを語るエゼキエルのことばを、民が真剣に受け取らなかったからでしょう。

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 人の子よ。あなたは捕囚のための荷物を整え、彼らの見ている前で、昼のうちに移れ。彼らの見ている前で、今いる所から他の所へ移れ。もしかしたら、彼らに自分たちが反逆の家であることがわかるかもしれない。(3節)
 あなたは、自分の荷物を昼のうちに彼らの見ている前で、捕囚のための荷物のようにし
て持ち出し、捕囚に行く人々のように、彼らの見ている前で、夕方、出て行け。(4節)

 主は、エゼキエルに命じられるのです。捕囚の民のように荷物を整え、それを昼間に持ちだして、民に見せよ。そして夜になってから出て行くところを見せるのです。ふたたび、実演による預言です。
 「捕囚のための荷物」は、旅支度でしょう。しかし、楽しい旅に出るのではありません。捕虜として敵地に引かれていくのです。多くの家財道具を持って行くことはできなかったでしょう。貴重品や金品をもっていても取り上げられるかもしれません。まず、食糧、それからわずかばかりの着替え、女は女に見えないように顔を汚したり、髪を短くしたかもしれません。赤ん坊や老人を抱えた家の者は、それだけで大変な「荷物」です。
 それはただならぬ悲壮な旅支度ですから、民も心を揺さぶられるはずです。

 彼らの見ている前で、あなたは壁に穴をあけ、そこから出て行け。(5節)
 彼らの見ている前で、あなたは荷物を肩に負い、暗いうちに出て行き、顔をおおって地を見るな。わたしがあなたをイスラエルの家のためにしるしとしたからだ。」(6節)

 さらに、壁に穴をあけて、出て行くところを見せるのです。これは、すでに敵兵に酔って壁が破られていることを意味している(新実用聖書注解・いのちのことば社)のです。
 しかも、一連の、パフォーマンスに預言を夜(夜陰のうちに)に行うように命じられているのです。

 そこで、私は命じられたとおりに、私の荷物を捕囚のための荷物のようにして昼のうちに持ち出し、夕方、自分の手で壁に穴をあけ、彼らの見ている前で、暗いうちに荷物を背負って出て行った。(7節)






posted by さとうまさこ at 10:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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