2017年04月14日

エゼキエル書131 わたしのしもべダビデが彼らの王となり、彼ら全体のただひとりの牧者となる。(エゼキエル書37章22節~28節)



 わたしが彼らを、その地、イスラエルの山々で、一つの国とするとき、ひとりの王が彼ら全体の王となる。彼らはもはや二つの国とはならず、もはや決して二つの王国に分かれない。(エゼキエル書37章22節)
 彼らは二度と、その偶像や忌まわしいもの、またあらゆるそむきの罪によって身を汚さない。わたしは、彼らがかつて罪を犯したその滞在地から彼らを救い、彼らをきよめる。彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。(23節)


 イスラエルが、彼らの相続の地(イスラエルの山々)に戻って来たあかつきには、今度は一つの国となると、神は仰せです。以前のように、二つの王国に分かれることはなく、一人の王が治めるのです。
 それは、神が特別に選んでイスラエルの王にお立てになったダビデだというのです。

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 わたしのしもべダビデが彼らの王となり、彼ら全体のただひとりの牧者となる。彼らはわたしの定めに従って歩み、わたしのおきてを守り行なう。(24節)
 彼らは、わたしがわたしのしもべヤコブに与えた国、あなたがたの先祖が住んだ国に住むようになる。そこには彼らとその子らとその子孫たちとがとこしえに住み、わたしのしもべダビデが永遠に彼らの君主となる。(25節)

 ダビデ王は、BC1011年にヘブロンで、即位した王です。サムエルから油を注がれたのは、少なくともそれより十年も以上前です。そのダビデがもう一度現れてイスラエルを治めるとはどういうことかと、ここで読者(預言を聞いている者)が問いかけるように書かれていると思います。

 イスラエル王国の始まりはサウル王でしたが、彼は神によって立てられ、その神から廃された王でした。しかし、神は、次の王ダビデには、特別な契約・ダビデ契約を結んでくださって、「彼はわたしのために一つの王国を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも固く立てる。」とお約束して下さったのです。「あなたの家とあなたの王国とは、私の前にとこしえまで続き、あなたの王座はとこしえまでも固く立つ。」(Uサムエル記7章13節〜16節)
 捕囚の民がふたたびイスラエルに帰還して、王国を建てるというのは、まさに、神様のダビデとの契約だったことを、捕囚の民は思い出したことでしょう。
 それだけに、エゼキエルの預言には真実に迫る迫力があったはずです。

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 現代の私たちが、ここでなされたエゼキエルの預言――イスラエルの回復の預言は、さらに深い大きな意味をもっています。
 イザヤの預言にあるように、それはメシヤ預言に通じているのです。

   エッサイの根株から新芽が生え、
   その芽から若枝が出て実を結ぶ
  
(イザヤ書11章1節)

 イエス・キリストが公生涯を始められた時、その絶大な力と言葉に対して、多くのイスラエル人が熱狂しました。その理由は、「この方こそ、イスラエルを救い、国を再興して下さる王に違いない」と思ったからでした。

 たしかに、この時代、エゼキエルの預言のように捕囚の民は帰還し、神殿も再建されたのですが、独立国イスラエルを取り戻すことはできませんでした。その日が、いつか来るという希望は、このような聖書の預言の中で、イスラエルの民の大きな期待となって身ごもったに違いありません。

 わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。これは彼らとのとこしえの契約となる。わたしは彼らをかばい、彼らをふやし、わたしの聖所を彼らのうちに永遠に置く。(26節)
 わたしの住まいは彼らとともにあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。(27節)
 わたしの聖所が永遠に彼らのうちにあるとき、諸国の民は、わたしがイスラエルを聖別する主であることを知ろう。」(28節)









posted by さとうまさこ at 09:14| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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