2017年08月09日

ホセア書14 エフライムとユダへの警告(ホセア書5章1節〜15節)



  祭司たちよ。これを聞け。
  イスラエルの家よ。心せよ。
  王の家よ。耳を傾けよ。
  あなたがたにさばきが下る。
  あなたがたはミツバでわなとなり、
  タボルの上に張られた網となったからだ。(ホセア書5章1節)
  曲がった者たちは落とし穴を深くした。
  わたしは彼らをことごとく懲らしめる。(2節)
  わたしはエフライムを知っていた。
  イスラエルはわたしに隠されていなかった。
  しかし、エフライムよ。
  今、あなたは姦淫をし、
  イスラエルは身を汚してしまった。(3節)

 ホセア書5章も、引き続いてエフライムに対する「神のみ怒り」です。エフライムは、初代北イスラエルの王ヤロブアムの出身地です。後にイスラエルの王位は、いろいろな部族に継がれますが、元は、ヤロブアムの「王の家」と言えるのです。ミツバは、ベニヤミンとエフライムの国境の町であり、タボルは、北のナフタリ、ゼブルン、イッサカルの領地の境界にある町でした。(ヨシュア記19章22節)
 偶像礼拝が北王国全体に拡散していたことがわかる箇所です。

  彼らは自分のわざを捨てて神に帰ろうとしない。
  姦淫の霊が彼らのうちにあって、
  彼らは主を知らないからだ。(4節)
  イスラエルの高慢はその顔に現れている。
  イスラエルとエフライムは、
  おのれの不義につまずき、
  ユダもまた彼らとともにつまずく。(5節)

 なにより憂うべきは、イスラエルとエフライムの偶像礼拝がユダにも浸透して行ったことでしょう。

  彼らは羊の群れ、牛の群れを連れて行き、
  主を求めるが、見つけることはない。
  主は彼らを離れ去ったのだ。
  彼らは主を裏切り、他国の男の子を生んだ。
  今は、新月が彼らとその地所を食い尽くす。

 礼拝のために犠牲とする羊や牛を連れていく光景は、続いていたのでしょう。ユダでは、伝統的な神殿礼拝も生きていたはずです。しかし、神殿の中に偶像も置いているような場所での礼拝では、「主は、そこにおられない」はずです。

★★★★★

  ギブアで角笛を吹き、ラマでラッパを鳴らし、
  ベテ・アベンでときの声を上げよ。
  ベニヤミンよ。警戒せよ。(8節)

 ギブアは、ユダの町です。ラマは北のナフタリにある町、ベテ・アベンはベテルの呼び換えでした。要するに、イスラエル中で時の声を上げよと言われているのです。イスラエル中で、信仰中興の「ときの声」の意味でしょう。「主が語られる声」です。

  エフライムは懲らしめの日に、恐怖となる。
  わたしはイスラエルの部族に、
  たしかに起こることを知らせる。(9節)
  ユダの首長たちは地境を移すもののようになった。
  わたしは彼らの上に
  激しい怒りを水のように注ぐ。(10節)

 主の怒りが、イスラエルやエフライム、ユダに知らされるのです。その怒りのしるしは「激しい怒りの水のように注ぐ」と、たとえられています。

  エフライムはしいたげられ、
  さばかれて打ち砕かれる。
  彼はあえてむなしいものを慕って行ったからだ。(11節)
  わたしは、エフライムには、しみのように、
  ユダの家には、腐れのようになる。(12節)

 恐ろしいことが起るのです。その結果、彼らはさらに間違いを犯します。

  エフライムがおのれの病を見、
  ユダがおのれのはれものを見たとき、
  エフライムはアッシリヤに行き、
  大王に人をつかわした。
  しかし、彼はあなたがたをいやすことができず、
  あなたがたのはれものを直せない。(13節)
  わたしは、エフライムには、獅子のように、
  ユダの家には、若い獅子のようになるからだ。
  このわたしが引き裂いて去る。
  わたしがかすめ去るが、
  だれも助け出す者はいない。(14節)
  彼らが自分の罪を認め、
  わたしの顔を慕い求めるまで、
  わたしはわたしの所に戻っていよう。
  彼らは苦しみながら、わたしを捜し求めよう。(15節)
 








posted by さとうまさこ at 11:17| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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