2017年09月05日

ホセア書40 危機を目前にして(ホセア書13章15節〜16節)



  彼は兄弟たちの中で栄えよう。
  だが、東風が吹いて来、
  主の息が荒野から立ち上り(ホセア書13章15節a)、

 「彼」とは、エフライムのことです。「エフライム」には、もともと「多くの実を結ぶ」という意味があり、その名の通り、彼は兄弟たち(イスラエルの部族)のなかで多くの実を結んでいたのです。(新実用聖書注解・いのちのことば社)
 そのエフライムに東風、つまり東から来た襲撃者・アッシリヤが襲いかかるのです。
 「主の息が荒野から立ち上がり」について、新共同訳は、「主の風が荒野から吹きつける」と訳しています。つまり、アッシリヤの襲撃に対して、主はアッシリヤの追い風になっておられるのです。これが、主を裏切り続けたエフライムへの報いでした。主に見放されては、もはやエフライムに活路はありません。それが次の、言葉です。

  その水源はかれ、その泉は干上がる。
  それはすべての尊い器の宝物蔵を略奪する。(15節b)

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  サマリヤは自分の神に逆らったので、
  刑罰を受ける。
  彼らは剣に倒れ、
  幼児たちは八つ裂きにされ、
  妊婦たちは切り裂かれる。(16節)

 「サマリヤ――」以下は、陥落の預言です。アッシリヤ軍は、残虐なことで知られていました。その容赦のない戦い方で、一度は広大な国土を獲得したのです。幼子を八つ裂きにし、妊婦の腹を裂くというのは、古来残虐行為の典型として使われています。
 もはや、戦力ではない者たちを殺すのは、人の暗い本能なのでしょうか。あるいは徹底した絶滅のために、未来の命を殺すと理由付けをしているのでしょうか。

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 もっとも、私たちは古代の人だけを「残虐」だと非難できません。幼子や妊婦が残虐な方法で殺されるのは、現在でも、そのような条件が許されるときには行なわれていることです。
 もっと恐ろしいのは、「自分の手を下した」という自覚なしの大量残酷殺人です。
 第二次世界大戦では、無差別な市民への爆撃が行なわれて、多くの人が死んでいきました。その大部分は、むしろ、戦闘能力のない母親、妊婦、子ども、老人だったはずです。
 原爆は、それらの空爆の恐ろしい一つの成果でした。核戦争や、核装備をやめようと世界的な運動になったこともありましたが、今では、多くの国が核をもっています。
 ごく近くにある独裁国が、原爆ならぬ水爆を造るのに成功したというニュースも流れています。

 私たちは、今こそ、創造主で救い主なる神に立ち返らなければならないのでは、と思うのです。「北からの脅威に立ち向かって下さい」とお願いして祈らなければならない、と。








posted by さとうまさこ at 11:48| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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