2017年09月13日

ヨエル書5 あなたがたの心を引き裂け(ヨエル書2章12節〜14節)



 私たちはだれでも、スペアカードを持っているのではないでしょうか。生きて行くうえで、もしもの時のためにと、預貯金に励んだり、震災用物資を蓄えたりしている人は多いのです。日本のような豊かな国では、福祉制度もあり、国や自治体も、「もしもの時」に備えていますから、大災害が襲っても、まず「飢え死ぬ」ことはありません。
 それでも、北朝鮮の脅威は、かなり私たちの平和をおびやかすものでした。ミサイルにより核攻撃されるかもしれない、もし核攻撃されたら・・と、シェルターを買った人もいたようです。
 しかし、大部分の国民は、「何とかなる」「政府や国際社会の連携」をたのみに思って、テレビの前で、お茶を飲みながらニュースを楽しんでいる時代です。
 もし、ほんとうにミサイルが核攻撃をしてきたら、その悲惨さは、すでに「知っている」核攻撃の比ではないでしょう。ただ、こちらもすぐに報復できるようですから、世界を巻き込んでの火の海がひろがることでしょう。

 北イスラエルをアッシリヤが蹂躙したとき、それはいなごの大襲来ほどの被害でした。食料の大麦や小麦、ぶどうなどの果物が食い尽くされただけではありません。およそ、植物という植物の茎も根も食べつくすのですから、焦土と化したのと同じです。
 地には多くの餓死者が転がっていたに違いありません。食料のために、人は金に換えられるものは何でも売ったことでしょうから、貴いものでさえ失われ、愛や知恵さえ枯れて行ったことでしょう。
 そこで初めて、イスラエルの民は、主の声に耳を傾けたのでしょうか。

  「しかし、今、――主の御告げ――
  心を尽くし、断食と、涙と、嘆きとをもって、
  わたしに立ち返れ。」(ヨエル書2章12節)

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 人間の態度や行ないは、どうしても様式化されていきます。激しい嘆きと祈りのかたちとして、イスラエルでは、「着物を引き裂き、頭から灰をかぶって」としばしば書かれています。あるいは、断食なども入っていたかもしれません。しかし、神は仰せなのです。

  あなたがたの着物ではなく、
  あなたがたの心を引き裂け。
  あなたがたの神、主に立ち返れ。

 心を引き裂くとは、なんと厳しいお言葉でしょう。「心が張り裂けそうという表現がありますが、そう言いながらできれば、自分の心は守っているのが人間です。自己防衛の本能が働くのです。ですが、神様は容赦なく、その人間の甘さを指摘されています。

  主は情け深く、あわれみ深く。
  怒るのに遅く、恵み豊かで、
  わざわいを思い直してくださるからだ。(13節)

主は情け深く、あわれみ深く――は、U歴代誌30章9節にほぼ同じ言葉が、同じ状況で語られています。ヒゼキヤ王の宗教改革に際して、イスラエル全土にふれた言葉です。
 北イスラエル王国が亡びた後のユダでは、アッシリヤの脅威に国を揺さぶられていました。ヒゼキヤは、自分たちイスラエルが自分たちの主・神をないがしろにしていたことに気が付き、預言者イザヤとともに、神の前に祈りをささげ、天に叫び求めたのでした。(U歴代誌32章20節)
 ヨエルは、その時代の信仰覚醒を前例に出し、民に、心からの悔い改めと祈りを勧めているのです。

  主が思い直して、あわれみ、
  その後に祝福を残し、
  また、あなたがたの神、主へに
  穀物のささげ物と注ぎのぶどう酒とを
  残してくださらないとだれが知ろう。(14節)









posted by さとうまさこ at 10:25| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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