2012年04月22日

Coffee Breakヨシュア記・士師記・ルツ記・サムエル記235 アブネル。あれはだれの子だ。(Tサムエル記17章55節〜58節)



 サウルは、ダビデがあのペリシテ人に立ち向かって出て行くのを見た時、将軍アブネルに言った。
 「アブネル。あの若者はだれの子だ。」アブネルは言った。「王さま。私はあなたに誓います。私は存じません。(Tサムエル記17章55節)
 すると王は命じた。「あなたはあの少年がだれの子か尋ねなさい。」(56節)
 ダビデが、あのペリシテ人を打って帰って来たとき、アブネルは彼をサウルの前に連れて行った。ダビデはペリシテ人の首を手にしていた。(57節)
 サウルは言った。「若者。あなたはだれの子か。」ダビデは言った。「私はあなたのしもべ、ベツレヘム人エッサイの子です。」(58節)


 アブネルはサウルの従弟です。サウルの縁戚については、息子ヨナタンとイシュ・ボテ、二人の娘メラブとミカル、ヨナタンの息子がいたことが、聖書に記されています。系図としては、もっと多くの名前が記されています。(T歴代誌9章39節40節)
 アブネルは、サウルが全盛時代、共に戦ったサウル軍の参謀としてネルの子アブネルとしてその名が見えます。
 アブネルはサウルの死後も、サウル家の存続のために画策しています。勇士で、政治的な力もあったようですが、暗殺されてしまいます。(Uサムエル記3章26節)

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 Tサムエル記55節から58節までは、聖書の矛盾として、聖書を批判する人たちから指摘される箇所です。前章の16章でダビデが竪琴奏者としてサウルに召され、気に入られて道具持ちとして仕えることになったと、記述があるので(16章19節〜23節)、ここで、サウルが、ダビデに名前を尋ねるのは、先の記事と矛盾するではないかというわけです。
 鬼の首でも取ったように指摘する人がいるこの箇所は、しかし、クリスチャンならだれでも「知っている」齟齬です。

 聖書はたくさんの資料に基づいて書かれていて、書いた人も四十人以上、さらにその四十人の下で書いた多数の人がいるのは既存の事実です。はっきりと著者がわかっているパウロの手紙でさえ、あるものはルカに口実筆記させたのではないかと推測されているのです。
 聖書が神の霊感と啓示に基づいて書かれたというのは、人間の言葉の一つ一つを神が指定して書かせられたという意味ではないでしょう。
 ふつう、一冊の本を何人もでまとめるなら、監修する人の下で編集会議を開き、細かいところまで打ち合わせをして、内容が互いに衝突したり、不要に重なったりしないように、担当箇所を仕上げます。新聞や週刊誌でさえそのような統率の元に作り上げられるのです。

 それに対して、聖書は今から三千五百年ほど前から二千年前ごろまで、千五百年間の長期にわたって書きまとめられていった書物です。書かれた場所も、書いた人も、言語もさまざまな書物がまとめられ、不思議と一貫したテーマで貫かれているのです。一貫した世界観と摂理を持っている、そのこと自体が、「神の霊感と啓示」と呼ばれているものだと思います。
 聖書を作るために、全部の著者が、同時期、一か所に集まって編集会議を開くことなどなかったのです。ところが、そこにある壮大な世界観とドラマにには、聖書は誤りのない神の言葉で、神の霊感と啓示があったと言わざるを得ない瞠目すべき世界が広がっているのです。
 聖書は、「主役が神」。テーマは、「神の救いの御計画」であると認めるとき、読み手に対して、扉が開き、私たちは中に入っていくことができるのです。

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 新実用聖書注解(いのちのことば社)は、L・Eポーターなどの見解を挙げて、王としてのサウルの立場がこのような形式的な対面場面になったという見解を出しています。
 ゴリアテを倒した者には、王の娘を与え、その父の家は納税や徴用や徴兵の義務を免れるのです。それだけの特典を与えるのに、大ぜいの家来や兵士のみている前で、改めて、本人の名や出自を問う必要があったというわけです。

 私個人としては、サウルの王としての立場を考えると、彼が、ダビデを見忘れていても不思議でないと思います。王のそば近く使える若者がひとりとは限らないでしょう。ダビデは、父の家の仕事と王宮の仕事とを往復するような勤め方だったのです。(17章15節)当然、竪琴奏者や道具持ちは他にもいたはずです。
 また、サウルは神経を病んでいて、大変不安定な精神状態だったことも考慮しなければいけないでしょう。その上、エラの谷での戦いでは、何日も(何か月も)に亘って、ゴリアテにののしられ、ペリシテ軍との膠着状態の中でサウルは弱り果てていたはずです。

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 ともあれ、ダビデは一躍、イスラエルの勇士としてその名を知られるのです。
 さらに、この時、神はダビデに、素晴らしい友をお与えになりました。サウルの息子ヨナタンの心が、勇士ダビデに結び付いたのです。(18章1節)




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2012年06月02日

Coffee Breakヨシュア記・士師記・ルツ記・サムエル記282 蛇のようにさとく(Tサムエル記27章1節〜6節)



 ダビデはサウルを殺すチャンスをみすみす見送るのですが、それは、サウルが「主から油注がれた者」だったからです。主の御心を大切にしたのです。けれども、彼はサウルを全く信用してはいません。サウルの精神状態を信用していないというべきなのでしょうか。理不尽に殺されかけたことが何度も重なっては、当然かもしれません。だから、サウルが、「私は罪を犯した。わが子ダビデ。帰って来なさい。私はもう、おまえに害を加えない。」(Tサムエル記26章21節)と言ったにもかかわらず、戻らなかったのです。

 私は一信徒に過ぎませんし、この文章はエッセイですから、ここで教訓じみた結論や現実処世の適用のようなことを言うのはどうかなと思うのです。ただ、ダビデの行動の不可解を、自分なりに分析してみました。
 ダビデは神への全き忠誠と、世俗の王への忠誠(対応)を使い分けているように思えます。神に対しては、まさに「鳩のようにすなおに」、世俗の王サウルには「蛇のようにさとく」でしょうか。(マタイの福音書10章16節〜参照)
 
 ゴリヤテを倒したときのダビデは、純粋に神に向かう一途な若者の印象です。それが、サウルによって思いもかけない苦難に陥れられ、人を疑うことや人間の複雑な心を斟酌することを学び、処世の知恵を身につけていったようです。同時に、そのようなときに、神に聞く姿勢の祝福も経験しました。これは、のちに王となり、政治家となったときに役立ったことででしょう。まさに、「苦しみに会ったことは私にとってしあわせでした。私はそれであなたの(神)のおきてを学びました。」(詩篇119編71節)だったのです。
 それにもかかわらず、その後、ダビデは、神にも人にも、大きな失敗を繰り返しています。
 私たちは、もちろん、それでダビデを軽蔑する気にはならないでしょう。ダビデでさえそのようであったことは、むしろ、現実世界ですぐにつまづいてしまう自分たちにも、神様が慰めを下さるように思えるのです。

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 ダビデは心の中で言った。「私はいつか、いまに、サウルの手によって滅ぼされるだろう。ペリシテ人の地にのがれるよりほかに道はない。そうすれば、サウルは、私をイスラエルの領土内で、くまなく捜すのをあきらめるであろう。こうして私は彼の手からのがれよう。」(27章1節)
 そこでダビデは、いっしょにいた六百人の者を連れて、ガテの王マオクの子アキシュのところは渡って行った。(2節)
 ダビデとその部下たちは、それぞれ自分の家族とともに、ガテでアキシュのもとに住みついた。ダビデもその二人の妻、イズレエル人アヒノアムと、ナバルの妻であったカルメル人アビガイルといっしょであった。(3節)


 事実、ダビデがアキシュのところへ逃げたので、サウルはダビデ追跡を諦めました。
 イスラエルは、カナンを占領した時から、完全占領はできなくて、たくさんの異邦人の間に住んだのです。いわば異邦人との混在だったのですが、とりわけ、ユダの地の地中海沿岸はペリシテ人のものでした。
 ガデの王アキシュが、どのような思惑でダビデを受け入れたのかは書かれていませんが、ダビデは彼から、ツェケラグの地を与えられるのです。ダビデは、代わりにアキシュに忠実な証拠を見せなければなりませんでした。そのやり方は、蛇のようにさとくであって、とうてい鳩のようにすなおにとは、ほど遠いものです。


 ※ 青字は聖書のみことばの引用です。聖書は、新改訳聖書を使わせていただいています。



posted by さとうまさこ at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月27日

Coffee Break歴史の書463 T列王記(70)







   東雲(しののめ)の 茜たちまち 褪せてゆく 目覚めのあとの 夢のごとくに


 訪問して下さったみなさまへ、

 
 ご訪問、感謝申し上げます。

 申し訳ありません。今日も、ワードの原稿を消してしまいました。
 これから、でかけなければなりません。
 
 夕方にあらためて書きますので、本日の分をアップさせてください。

 さとうまさこ








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