2011年08月30日

Coffee Breakヨシュア記6 続ヨシュア記の説明

 



 昨日の説明は、聖書が「はじめて」という方からの質問にお答えするものでした。そこで、これまでの、Coffee Breakの大まかな輪郭の説明をさせていただきました。

 主にストーリーの面から取上げたのですが、モーセ五書とヨシュア記をストーリーだけで見るのは適切ではありません。というのも、イスラエルの民にカナンを与える神のお約束そのものが、それが最終的な目的ではなく、神の人類救済計画の第一段階が始まっただけだからです。

 イスラエルは、天地万物をお造りになった唯一の神から、「神の聖なる民」として選ばれました。「すべての人類が彼らを通して祝福を受けることになる」大きな責任と任務を負ったのです。神の戒めとおきてとを厳格に守り行い、神の民にふさわしい聖なる国民にならなければいけなかったのです。
 国家として、また、民として何より大切なのは、彼らをエジプトから救い出して下さった神に恐れをもって従っていくことでした。
 モーセ五書、レビ記、申命記を通じて、十戒とそれに伴う細則、祭司を頂点とする祭祀国家としての団結、ささげ物規定などに多くのページが割かれているのは、そのためです。 
 
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 ヨシュア記では、放浪の民だったイスラエルがカナンの先住民との戦いに勝ち、なんとかカナンに入植します。土地をイスラエルの12部族で分け、それぞれの領土で住むことになります。
 けれども、じっさいには、彼らは異教の民を滅ぼしつくすことができませんでした。
 ヨシュア記につづく士師記では、カナン人やペリジ人、ヘテ人、エモリ人、ヒビ人、エプス人など、滅ぼすはずだった民の間に住み、そのため、異教の神々(偶像)を礼拝し、契約をしてくださった主(神)を怒らせることもしばしばでした。

 やがては神聖政治国家であることさえ捨てて、自分たちの王を神に求めるようになり、預言者サムエルは神にお伺いを立て、サウル、ダビデに王として油を注ぎます。(サムエル記)

 旧約聖書39巻には、このようなイスラエルの「歴史」的な側面を記録したもの、詩篇、箴言、伝道者の書、雅歌などの知恵文学と呼ばれるもの。ヨブ記のように、「神と人間の関係」を徹底的に問うもの。ルツ記、エステル記など、それ自体美しいドラマであるもの。さらに多数の預言書が含まれます。

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 旧約聖書では、救い主が待望され、またその出現が預言されています。ですから、イエス・キリストが世に来られ、神の国の到来を告げられたとき、イスラエルの民は歓呼で迎えました。
 私たちが、いま使っている「西暦」は、イエス・キリストがお生まれになった年を起点としています。もっとも、その後の研究で、イエス様がお生まれになったのは、紀元前7年〜4年頃だったろうと推定されています。

 イエス・キリストが三十歳から三年あまり宣教された、その言動を記録したものが「福音書」です。キリストが十字架刑で死に、三日目に復活されるまでが書かれています。(新しい契約)
 マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの名前が付いた、それぞれ特徴のある四書が現在、「正典として」伝えられています。英語でGood Newsと訳されたこの「福音」は、神ご自身(御子と呼ばれています)が十字架で血を流され犠牲となることで、私たちの罪が赦されたこと、私たちは、それを信じる信仰だけで赦され、救われることが示されています。
 
 新約聖書では、福音書に加えて、弟子たちが記した「使徒の働き」「手紙類」「ヨハネの黙示録」を加えて、「神の救いのご計画」の完成が示されています。

 ちなみに、新約聖書はギリシャ語で、旧約聖書はヘブル語で書かれています。




 聖書通読をして見ようと思われる方は、
 右側のリンク「佐々木先生のサイト」→「聖書を読むぞー」をご覧下さい。
 




 






 
 
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2011年08月31日

Coffee Breakヨシュア記7 作戦開始(ヨシュア記1章9節〜16節)



 

 ヨシュア記に戻りましょう。モーセが死んだ時、イスラエルの民はヨルダン川の東側、モアブの草原にいました。すでに、モアブの北方にあるヘシュボン、ギルアデ、パシャンを取り、そこは、イスラエル十二部族のうちのルベン人、ガド人、マナセの半部族に分け与えられていました。
 三十日間、モーセの死を嘆き悲しんだ後、イスラエルの民はいよいよヨルダンを渡って西側のカナンに攻め入ることになっています。
 
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 「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」(ヨシュア記1章9節)
 そこで、ヨシュアは民のつかさたちに命じて言った。(10節)
「宿営の中を巡って、民に命じて、『糧食の準備をしなさい。三日のうちに、あなたがたの神、主があなたがたに与えて所有させようとしておられる地を占領するために、進んで行こうとしているのだから』と言いなさい。」(11節)
 

 ヨシュア記1章のここまでだけでも、「強くあれ。雄々しくあれ」が、三回も出てきます。
 ヨシュアは、内心やはり恐れていたのでしょうか。勇士であっても、信仰があっても、いよいよの正念場で、一人になると、奥歯を噛みしめ、頭を垂れて、神に祈っている姿があったのでしょうか。民の長老たちと、天を仰いで祈っていたのでしょうか。
 神は、ヨシュアを励まされ、ゴーサインを出されるのです。

 糧食の準備──これは、戦争において欠くべからざるものです。どのように完全武装をし、どれほど多くの訓練された兵士がいても、食糧がなければ勝つことはできません。勝ち戦になったら略奪もできますが、敵の食糧を当てにして戦さを始めるのは無謀です。
 
 以前、NHKの深夜ラジオ番組「心の時代」で、太平洋戦争インパール作戦(1944年3月〜6月)に参加し、九死に一生を得て生還された方が話をしておられました。この戦いでは、最初から、兵站(糧食の準備)が無視されていたため、兵士は敗走するときも原地民から夜盗のように略奪(調達)をしなければならず、多くの原地民を敵に回したそうです。無謀な作戦によって、無意味な戦いと飢えで死んでいく兵士の様子は、まさに凄惨というしかありません。とくに、部下のために率先して危険な略奪を行い、現地人に撃たれて死ぬ間際、「○○○のバカヤロー」と、インパール作戦の総司令官の名前を叫んで死んでいった「ある将校の話」は、悲しいものでした。 

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 ヨシュアは、ルベン人、ガド人、およびマナセの半部族に、こう言った。(12節)
 「主のしもべモーセがあなたがたに命じて、『あなたがたの神、主は、あなたがたに安住の地を与え、あなたがたにこの地を与える』と言ったことばを思い出しなさい。(13節)
 あなたがたの妻子と家畜とは、モーセがあなたがたに与えたヨルダン川のこちら側の地に、とどまらなければならない。しかし、あなたがたのうちの勇士は、みな編隊を組んで、あなたがたの同族よりも先に渡って、彼らを助けなければならない。(14節)
 主が、あなたがたと同様、あなたがたの同族にも安住の地を与え、彼らもまた、あなたがたの神、主が与えようとしておられる地を所有するようになったなら、あなたがたは、主のしもべモーセがあなたがたに与えたヨルダン川のこちら側、日の上る方にある、あなたがたの所有地に帰って、それを所有することができる。」(15節)
 

 この戦さには、すでに領土を与えられているルベン人、ガド人、マナセの半部族も戦士を出す義務がありました。イスラエルが一丸となって、カナンを攻め取ることが重要だったのです。
 ルベン人、ガド人、マナセの半部族の人たちは、答えます。
「あなたが私たちに命じたことは、何でも行ないます。また、あなたがた遣わす所、どこへでもまいります。」(16節)

 ヨシュア記2章では、いよいよ具体的な作戦が実施に移されるのです。斥候の派遣です。




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2011年09月01日

Coffee Breakヨシュア記8 斥候の派遣(ヨシュア記2章)



 
 ヌンの子ヨシュアは、シティムからひそかにふたりの者を斥候として遣わして、言った。「行って、あの地とエリコを偵察しなさい。」彼らは行って、ラハブと言う名の遊女の家に入り、そこに泊まった。(ヨシュア2章1節)

 戦闘態勢が整ったら、敵陣偵察です。今のように人工衛星で細かい所まで見える時代ではありません。攻撃目標地に斥候(スパイ)を派遣します。イスラエルが、ヨルダンを渡って最初に攻める町はエリコでした。エリコは堅固な城壁に囲まれていました。カナン中央高地の要衝だったからです。それだけに、そこを落とすことは、カナンを与えてくださる神へ、あたかも、初穂をささげることを意味しました。
 
 斥候が遊女ラハブの家に泊まったのは、さほど不自然なことではありませんでした。のちの時代の日本の宿場などもそうなのですが、宿屋では売春も行なわれたのです。泊まることは遊女と寝る事でもありました。しかし、ラハブは同時に宿屋の女将だったのですから、世のなかを見る目もあり、自分で大切なことを判断できる自主性もありました。
 一方、イスラエルの民がヨルダンの東側まで上って来たことが、エリコでも知られていたのしょう。見知らぬふたりの男を見たエリコの住民が、エリコの王にそのことを注進しました。王はラハブのところに人をやって、「あなたのところに来て、あなたの家に入った者たちを連れ出しなさい。その者たちは、この地のすべてを探るために来たのだから。」と命じました。

 ラハブは、二人を屋上に干している亜麻の束の中に隠して匿い、言いました。
「その人たちは私の所に来ました。しかし、私はその人たちがどこから来たのか知りませんでした。その人たちは、暗くなって、門が閉じられるころ、出ていきました。その人たちがどこへ行ったのか存じません。急いで彼らのあとを追ってごらんなさい。追いつけるでしょう。」(4節5節)

 エリコの者たちは、ラハブの言葉を真に受けて、二人を追うために出て行くのです。
 そのあと、ラハブは屋上から二人を連れ戻して言いました。

「主がこの地をあなたがたに与えておられること、私たちはあなたがたのことで恐怖に襲われており、この地の住民もみな、あなたがたのことで震えおののいていることを、私は知っています。(9節)
 あなたがたがエジプトからでて来られたとき、主があなたがたの前で、葦の海の水をからされたこと、また、あなたがたがヨルダン川の向こう側にいたエモリ人のふたりの王シホンとオグにされたこと、彼らを聖絶したことを私たちは聞いているからです。(10節)
 私たちは、それを聞いたとき、あなたがたのために、心がしなえて、もうだれにも、勇気がなくなってしまいました。あなたがたの神、主は、上は天、下は地において神であられるからです。(11節)
 

 なんと、イスラエルの民の出エジプト、葦の海を始めとする神様の数々の奇跡とふしぎが、すでにエリコの町にも知れ渡っていたのです。
 四十年の放浪ののち、攻め上ってきたイスラエルの民は力をつけていて、オグやシホンを滅ぼしたので、エリコの住民は恐怖で、戦う勇気さえなくなってしまっていると言うのです。

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 それにしても、なぜ、ラハブは斥候を匿ったのでしょう。エリコの住民が恐れおののいて、戦う前から負けているような気分だったからでしょうか。
 そうだとしても、ラハブもエリコの住民なのですから、敵を匿うのは裏切り行為です。彼女は、自分の利益のため、同胞を裏切って形勢の良さそうな方についたのでしょうか。

 イスラエルの前評判が高いからといって、エリコが負けるとは限りません。しっかりした城壁をもつ町なのです。
 ラハブは、たんなる損得ではなく、イスラエルの神の偉大さを聞き、その神こそまことの神だと思ったのではないでしょうか。海を分けることのできる神など、だれも聞いたことがなかったのでしょう。神を恐れる人はどのような神様でもよいのではなく、ほんとうに力ある神を求めるものです。人間の手で彫った偶像は、力のない神です。人間に運んでもらわなければ、動くこともできず、火の中に入れれば熔けてなくなってなくなってしまいます。

 ラハブは、より真実な力ある神を、主とあがめようと決心したのです。それにしても、彼女は、なかなかしっかりした女です。自分が与えた恩と引き換えに、ある条件を出します。

 どうか、私があなたがたに真実を尽くしたように、あなたがたもまた私の父の家に真実を尽くすと、今、主にかけて私に誓ってください。そして、私に確かな証拠を下さい。(12節)

 もちろん、ふたりの斥候は承諾します。エリコの住民が全員滅ぼしつくされる時でも、ラハブとその一族のいのちには、手をかけない約束です。
 この話は、ドラマチックだから大きく取上げられているのではありません。ラハブは聖書の中で、とても大きな立場の女性になるのです。





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