2017年05月28日

ダニエル書2 ダニエルたちの能力(ダニエル書1章15節〜20節)


 
 十日の終わりになると、彼らの顔色は、王の食べるごちそうを食べているどの少年よりも良く、からだも肥えていた。(ダニエル書1章15節)
 そこで世話役は、彼らの食べるはずだったごちそうと、飲むはずだったぶどう酒とを取りやめて、彼らに野菜を与えることにした。(16節)


 ダニエルたちは、王が提供してくれる「王の食事」を断りました。代わりに「野菜を食べさせてください」と願いました。これは、彼らが「王の食べるごちそうや王の飲むぶどう酒で身を汚すまいと心に定め、身を汚さないように」(ダニエル記1章8節)と願ったからです。
 ここは、文字通り、肉食に対して菜食を対比させていると考えなくてもよいのではないと思います。むしろ、バビロンの食事に対して、イスラエルの食事を対比しているのでしょう。どのような食事にも、歴史と習慣があり、宗教的禁忌の枠がはめられています。胃袋と舌は大きな誘惑の入口ですから、ここを制限するのはある意味で当然のことです。

 レビ記11章には、食べてよい物と悪い食物について、記されています。その理由は、今日のように、栄養価や健康への影響ではなく、「汚れているかどうか」「忌むべきであるかどうか」です。なぜ、汚れているとか忌べきとかの理由が着いたのかを、ここで考察している余裕はありません。以前に書いた私のブログを読んでいただけるとかなり詳しく書いてあります。
 レビ記・食物禁忌
 http://vineyard1.seesaa.net/article/183652501.html


 同様に、バビロンの宮廷でも、バビロン食の禁忌があったことでしょう。また、イスラエルの律法では、忌むべきものであった物が「ごちそう」として出されていたことでしょう。言えることは、信仰を第一におく者にとって、このような食物禁忌にこだわるのは当然のことです。伝統的に禁忌になった食物は、取らないと命に係わるような「栄養」ではないのでしょう。事実、ダニエルたちは、十日間野菜を食べても、まったく健康で顔の色つやも良かったのです。

★★★★★

 神はこの四人の少年に、知識と、あらゆる文学を悟る力と知恵を与えられた。ダニエルは、すべての幻と夢とを解くことができた。(17節)
 彼らを召し入れるために王が命じておいた日数の終わりになって、宦官の長は彼らをネブカデネザルの前に連れて来た。(18節)
 王が彼らと話してみると、みなのうちでだれもダニエル、ハナヌヤ、ミシャエル、アザルヤに並ぶ者はなかった。そこで彼らは王に仕えることになった。(19節)
 王が彼らに尋ねてみると、知恵と悟りのあらゆる面で、彼らは国中のどんな呪法師、呪文師よりも十倍もまさっているということがわかった。(20節)

 彼らは、教育の機会も与えられていました。もともと、知的素養の高い少年たちだったのですが、その学びにおいても、すばらしい結果を見せたのです。
 呪法師、呪文師は、当時の学者を意味しています。学者や王の顧問などのことです。王がダニエルたちを呼び出して、面接テストをしたのでしょうか。その結果、彼らは、専門家の学者たちより10倍もまさっていたのです。
 Wow!ですね。





posted by さとうまさこ at 08:39| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする