2017年09月15日

ヨエル書7 わたしの民は永遠に恥を見ることはない。(ヨエル書2章21節〜26節)



  地よ。恐れるな。楽しみ喜べ。
  主が大いなることをされたからだ。(ヨエル書2章21節)

 主はイスラエルをねたむほど愛されている(同18節)ので、けっきょくは、イスラエルの地と民を回復して下さるのです。主が大いなることをされれば、もう、恐れることはありません。民も、地も、さらに、野の獣たちも生き返るのです。
 牧草がもえ出て、木の実が成れば、羊や草食動物が生き生きと増えて行きます。草食動物が生き返れば、獅子や鷲も元気に活動するでしょう。

  野の獣たちよ。恐れるな。
  荒野の牧草はもえ出る。
  木はその実をみのらせ、
  いちじくの木と、ぶどうの木とは豊かにみのる。(22節)

 とりわけ、人にとって大切なのは、イチジク、ぶどうなどの食用の実りです。

  シオンの子らよ。
  あなたがたの神、主にあって、楽しみ喜べ。
  主は、あなたがたを義とするために、
  初めの雨を賜り、大雨を降らせ、
  前のように、初めの雨と後の雨とを
  降らせてくださるからだ。(23節)
  打ち場は穀物で満ち、
  石がめは新しいぶどう酒と油とであふれる。(24節)

 シオンはエルサレムですから、ここでは、エルサレム神殿によって守られているイスラエルの民全部を指しているのでしょう。彼らの豊かさと安定は、なによりも大麦小麦によって支えられています。そのために、初めの雨と後の雨を降らせていただく必要があるのです。「始めの雨」とは秋の雨で、「後の雨」とは翌年初夏の雨です。始めの雨の後に種もみを蒔き、後の雨の力で、麦はその実を大きく稔らせます。豊かな収穫は、そのようにしてもたらされるのです。
 
  いなご、ばった、食い荒らすいなご、
  かみつくいなご、
  わたしがあなたがたの間に送った大軍勢が、
  食い尽くした年々を、
  わたしがあなたがたに償おう。(25節)

 敵が略奪した多くの物、ばったが食い荒らし稔らなかった収穫を、主は回復して下さるというのです。失われたはずの物が回復されるほどの奇蹟はないのではないでしょうか。

★★★★★

  あなたがたは飽きるほど食べて満足し、
  あなたがたに不思議なことをしてくださった
  あなたがたの神、主の名をほめたたえよう。
  わたしの民は永遠に恥を見ることはない。(26節)

 敵に奪われ、災害に荒らされて苦悶している時、敵は、「彼らの神はどこにいるのか」(17節)と嘲ったに違いないのです。しかし、同じ民が苦難から脱して、飽きるほど食べて満足している姿――それが、イスラエルの神による回復である――のを知ったとき、当然、イスラエルの民は主をほめたたえるのです。

 大切なことは、イスラエルの民の恥は雪(そそ)がれたということでしょう。注いでくださったのは、もちろん、神、主です。
 「苦難の時は、わたしを呼び求めよ」(詩篇50篇15節)と仰せの神です。
 また、言われます。
「神は、夜昼神を呼び求めている選民のためにさばきを付けないで、いつまでもそのことを放っておかれることがあるでしょうか。」(ルカの福音書18章7節)

 悔い改めて神殿できよめの集会をしたイスラエルに、神様は報いて下さったのです。
 これは、聖書を読む私への神様の感謝なご示唆かと思うのです。 










posted by さとうまさこ at 09:57| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする