2017年07月18日

ダニエル書39 ペルシャの宮廷でのダニエルのまぼろし(ダニエル書10章1節〜12節)



 ぺルシヤの王クロスの第三年(BC536年)に、ベルテシャツァルと名づけられていたダニエルに、一つのことばが啓示された。そのことばは真実で、大きないくさのことであった。彼はそのことばを理解し、その幻を悟っていた。(ダニエル書10章1節)
そのころ、私、ダニエルは、三週間の喪に服していた。(2節)
満三週間、私は、ごちそうも食べず、肉もぶどう酒も口にせず、また身に油も塗らなかった。(3節)
第一の月の二十四日に、私はヒデケルという大きな川の岸にいた。(4節)

 ダニエルは長生きだったようです。彼は、ユダ王国末期、エホヤキム王の時代に、第一回捕囚としてバビロンに連れて来られたのでした。貴族の子弟であり、聡明で教養もあったダニエルたちユダヤの若者は、選ばれてネブカデネザルに仕えることになりました。(ダニエル書1章) それぞれに、バビロン風の名前を付けられ、王から特別の食事をあてがわれるという厚遇を受けました。しかし、イスラエルの神――アブラハム、イサク、ヤコブの神・主への信仰の固いこの若者たちは、そのような中でこそ、自分たちのアイデンティティを失うことなく、信仰を堅持します。その結果、神は、彼等に特別な力をお与えになります。
 ダニエルは、王のお抱えの呪術師がだれもできなかった王の夢を解き明かしができました。その結果、宮廷で高い位につきました。(同47節〜49節)

 しかし、ダニエル書10章は、ペルシャの王クロスの第三年の話です。ダニエルはBC605年に捕囚に連れて来らたので、この時すでに、捕囚生活も40年以上が過ぎ、60歳を過ぎていたと考えられます。彼は、政権がバビロンからペルシャに代っても、用いられていたのです。

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 私が目を上げて、見ると、そこに、ひとりの人がいて、亜麻布の衣を着、腰にはウファズの金の帯を締めていた。(5節)
 そのからだは緑柱石のようであり、その顔はいなずまのようであり、その目は燃えるたいまつのようであった。また、その腕と足は、みがきあげた青銅のようで、そのことばの声は群集の声のようであった。(6節)
 この幻は、私、ダニエルひとりだけが見て、私といっしょにいた人々は、その幻を見なかったが、彼らは震え上がって逃げ隠れた。(7節)

このような異形の物を見るのは、ダニエルが初めてではありません。エゼキエル書にも何度か出てきます。また、これが見えたのはダニエルだけだということなのに、見なかったいっしょにいた人たちも「震え上がって逃げ隠れた」のです。これは、何を意味するのでしょう。物音や気配に怖気づいたのでしょうか。

 私は、ひとり残って、この大きな幻を見たが、私は、うちから力が抜け、顔の輝きもうせ、力を失った。(8節)
私はそのことばの声を聞いた。そのことばの声を聞いたとき、私は意識を失って、うつぶせに地に倒れた。(9節)

そのただならぬ異形の者を見たダニエルは、結局、力が抜けて失神したのです。すると、何かが、ダニエルの手に触れて、彼の手を取りました。

ちょうどそのとき、一つの手が私に触れ、私のひざと手をゆさぶった。(10節)
それから彼は私に言った。「神に愛されている人ダニエルよ。私が今から語ることばをよくわきまえよ。そこに立ち上がれ。私は今、あなたに遣わされたのだ。」彼が、このことばを私に語ったとき、私は震えながら立ち上がった。(11節)
彼は私に言った。「恐れるな。ダニエル。あなたが心を定めて悟ろうとし、あなたの神の前でへりくだろうと決めたその初めの日から、あなたのことばは聞かれているからだ。私が来たのは、あなたのことばのためだ。(12節)

 彼は、ダニエルを起こし、立ち上がらせ、重要なことを知らせるのです。






posted by さとうまさこ at 11:26| Comment(0) | Coffee Break | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする